ACTIVITY活動報告・成果
「地域医療フィールドワーク入門」(名古屋大学)の実習報告書が完成しました!
2024.3. 8
濃尾Aの医療人類学カリキュラムのひとつ「地域医療フィールドワーク入門」(名古屋大学)の実習報告書が完成しました!文化人類学は、人びとの生活の場でともに暮らしながらフィールドワークをすることを通じて、生活者の視点を専門家の視点とフラットに並べて考える学問です。そんな文化人類学者にとって、地域とは、行政区画など地政学的な境界によって捉えられる条理空間ではなく、とても柔軟でダイナミック、重層的でファジーなものとして経験されます。本授業は、既存の枠組みからいったん飛び出し、外側から枠組み(=当たり前)を眺めてみよう、という文化人類学の視点から地域医療を捉え直そうという目論見のもと、計画されました。
本授業では、戸籍・住所がない方、生活や医療へのアクセスに困っていらっしゃる方を支援しているNPO法人ささしまサポートセンターさんの活動にお邪魔をさせていただき、路上で生活しておられる方々を訪問したり、生活医療相談にいらした方からお話をうかがったりしながら、住所がないこと、本名や素性を明かすことができないこと、こうした「うしろめたさ」によってなきもの(あるいは自己責任)とされている人びとの苦悩や、こうした苦悩からみえてくる「普通」の暮らしの「特殊さ」、法や行政、医療がもつ意味などについて、学生たちとともに学ばせていただきました。
そこで見えてきたのは、「顔=人格をもつひとりの人」が「顔=人格をもつひとりの人」から学ぶことがもつ計り知れない可能性です。ある学生は、路上で生活されている方の横に腰掛け、その方がなぜ今ここにいるのか、そこに至るまでの人生や日々の暮らしについてお話をうかがいました。そこには、長年ボランティアを続けてこられ、その方とも2年ほどの付き合いのあるボランティアさんですら知らなかった重要なエピソードが含まれていました。きっそこの方は、別の学生には別のお話をしてくださるのでしょう。人が人から学ぶということは、専門知識や技術、経験ではない、その人の「人となり」によって無限の可能性に開かれているのだということに気付かされました。
SNSでいつでもどこでも誰もが情報を発信できる今日、あえて紙の冊子として本報告書を発行することにこだわったのは、人が人から学ぶことを通じて書かれたテクストは、常に「顔=人格をともなうコミュニケーション」に巻き込まれていてほしいと考えたからです。フィールドの人びとが貴重な人生の時間を割いて話してくださったことを「持ち逃げ」することにならぬよう、学生には「読んでいただく」「対話をつなげる」ことを意識して書くよう伝えました。また、「かけがえのない人生」を生きる人の暮らしを、既存の議論の「答え合わせ」のための「コンテンツ」として消費することは絶対に許されない、ということも伝えました。実際、学生たちが書いてきたテクストは、「生活困窮者」というありふれた属性に他者を押し込んで片付けることのない、究極的な人間理解ともいうべき素晴らしい内容に仕上がりました。これは、単位を取るための課題レポートとして書かれるテクストとは全く違うものです。この報告書を手に持ってお世話になった方を訪れ、交わされた対話や笑顔は、人が人から学ぶことによってしか経験できない、かけがえのないものとなりました。
記憶が新しいうちに書き留めてしまおうと急ぎ足でまとめた報告書でしたが、製本後に講義室でおこなったディスカッションでは、互いに率直な感想をぶつけ合うことで、報告書に書ききれなかった重要な議論が溢れ出ました。初めて出会う方に「何か困っていることはありませんか?」と声がけすることが奢りだとしか思えなかった、という学生の感想に対し、別の学生は「自分がしていることは絶対に良いことなのだと信じ切ってしまうことの恐怖」について話してくれました。また、路上で生活しておられる方も自分たちと同じように、大切にしているものがそれぞれにあること、路上で生活しているという枠に押し込めて「ホームレスという言葉を使いたくなかった」けれど、他にいい言葉が思いつかなかった、将来親になったとき、路上で生活している人のことをどう話す?など、次から次へと議論が広がっていきました。
本授業に参加した9名の学生は、それぞれにとても魅力的な「顔=人格をもつひとりの人」であり、そんな学生たちがフィールドワークで出会う人との対話や、講義室でのディスカッション、報告書を書く過程を通じて無限に生成変化していく姿はとても頼もしく、誇らしく、この場に立ち会えたことを教員として心から嬉しく思います。この学生たちが心身を使って学びとり、一生懸命に言葉を選びながら書き上げたテクストはどれも、胸を張ってお勧めできるものばかりです。貴重な人生の時間を割いてたくさんの人たちが学生に教えていただいたことは、できるだけたくさんの人たちに届いてほしい、そう願いながら本報告書を編集してきました。どうか一人でもたくさんの方の心に届きますように!
医学科の超過密カリキュラムのどこに新規科目を開講する余地があるのかと途方に暮れた挙句、教養教育院との交渉の末、やっとのことで開講にこぎつけた本授業を無事に終えることができた今、さまざまな形で本授業を応援してくださったすべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。そして何より、初年度の受講生がこの子達で本当に良かった!このフィールドワーク実習を通じて、教育は、教員一人の努力や熱意だけでは決して成り立たないということ実感しています。お世話になったささしまサポートセンターの皆さん、さまざまな形で本授業をサポートしてくださった皆さん、学ぶ意欲に溢れる学生の皆さん、本当にありがとうございました!
初年度の報告書のタイトルは、『路上の対話を未来へつなぐ』と名づけました。学生達が生活医療相談にいらした方の血圧を測らせていただいていたところ、その姿を眺めていた方が、「あの子らはみんなの希望だな」と目を細めてつぶやかれたのがきっかけです。フィールドで背負わせていただいたくさんの希望を、どうか皆さんなりのやり方で、それぞれの未来につなげていってほしい、そう心から願います。
梅村絢美
授業最終日には、ささしまサポートセンターのスタッフさんに講義室にお越しいただき、報告書の内容についてさまざまな議論を交わすことができました。
また、学生達がささしまサポートセンターさんに報告書をお届けに伺いました。その様子をささしまサポートセンターさんのHPで紹介いただきました。